実践!アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)入門
幸福になりたいなら、幸福になろうとしてはいけない!マインドフルネスから生まれた心理療法アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)を実践するにあたり覚えておきたい6つのポイントを解説します。
はじめに
人間関係のストレス、将来への不安、健康上の悩み、抑うつ。。。
私たちは、いつもネガティブ感情をかかえています。
「幸せになるためには、ネガティブ感情はじゃまもの」
そう思い込み、必死で追い払おうとします。
でも、感情をコントロールしようとすればするほど、それがうまくできない自分への苛立ちや失望がつのります。
理想と現実のギャップはますます広がり、かえってメンタルを悪化させてしまうのです。
「幸せになるための唯一の方法は、幸せになろうとしないこと」
このように教えてくれるのが、
アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)と呼ばれる心理療法です。
ACT は、アクセプタンス(受容)やマインドフルネスといった考え方をベースにした「新時代の認知行動療法」と呼ばれるもので、2010年代に入ってから注目を集めているメソッドです。
このエントリでは、『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』(ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年)を参考にしながら、
ACT の概要と、それを実生活に生かす方法についてわかりやすくご紹介します。
ACTの6つの基本原則
ACTは、6つの基本原則から成ります。
これらをうまく組み合わせることで、「無理に幸せになろうとしない」態度を育み、自分のありのままの感情を認めて生きていくことを可能にしてくれます。
6つの基本原則とは、以下の通りです。
①脱フュージョン(Defusion)
②受容(Acceptance)
③接続(Contact)
④観察する自己(The observing self)
⑤価値の確認(Values)
⑥目標に向かっての行動(Action)
このうち、①〜④の原則は、「マインドフルネス」の手法として知られるものです。
マインドフルネスは、もともとは伝統的な仏教の中にあった考え方です。現在ではひろく瞑想やヨガなどの実践で用いられるほか、臨床の現場でも応用されています。
マインドフルネスをベースにしながら、
⑤価値の確認(自分の人生で何に価値を置くのかを明確にする)
⑥目標に向かっての行動(自分にとって重要な価値に即して行動する)
の2つを加え、
人生をより良い方向に変えていくための実践的なメソッドとして設計されています。
では順に見ていきましょう。
①脱フュージョン
ACTの第1原則は、「脱フュージョン」です。
ACTにおけるフュージョンは、思考と、それが指し示すもの(物語と実際の出来事)が混じり合いひとつになった状態を指す。
引用元:p.52『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
例えば、サラリーマンのAさんが「おれは仕事ができない。次のプロジェクトもどうせまた失敗する。。」と思ったとします。
これはあくまでAさんの "思考" にすぎませんが、その思考を "真実" であるとか "実際の出来事" だと信じこんでしまうことを「フュージョン」といいます。
ですから、脱フュージョンとは、
「おれは仕事ができない。次のプロジェクトもどうせまた失敗する。。」というのはその時たまたま頭に浮かんできた "思考" にすぎず、現実そのようになるとは限らないと知るということです。
"思考" と "現実" を分離するということですね。
脱フュージョンのテクニックを一つだけご紹介します。
エクササイズを始めるにあたり、あなたを動揺させる思考を「私は...だ」 という形で思い出してほしい。
「私は大したことのない人間だ」「私は無能だ」など、いつも浮かんでくる、自分を悩ませ混乱させる思考が望ましい。
それに10秒間集中し、極力真実であると信じ込んでほしい。
次に、その思考を取り出して次の文章の中に入れてみよう。
「私は...だという考えを持っている」。
さて、再び思考に集中しよう。
ただし今度は新しい文章に入れて行う。
「私は『自分が...だ』という考えを持っている。
どんな変化が起こるか注意してみよう。
引用元:pp.52-54『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
どんなネガティブ思考にも使えます。
「ぼくはみんなから嫌われている」→「ぼくはみんなから嫌われている」と思った
「私は母親失格だ」→「私は母親失格だ」と思った
「おれの人生ろくなことない」→「おれの人生ろくなことない」と思った
語尾に「と思った」とつけるだけでもかまいません。
これを何度もくりかえしていくと、しだいに自分のネガティブな思考から距離を取れるようなります。
以前ほど、深刻な問題ととらえなくなるのです。
ネガティブ思考を無理に追い出そうとか、ポジティブ思考と入れ替えようとしているわけでもありません。
ただ思考と現実を分離しただけなのです。
②受容(アクセプタンス)
ACT第2の原則は、「受容(アクセプタンス)」です。
受容とは、自分の中にある不快な感情や感覚を追い出したりしようとせず、心をオープンにしてそれを受け入れてあげることです。
受容は、次の4つのステップからなります。
ステップ1:自分の気持ちを観察する
ステップ2:息を吹き込む
ステップ3:居場所を作ってやる
ステップ4:存在を許してやる
ステップ1:自分の気持ちを観察する
体の中の感覚を観察する。
数秒かけて、頭からつま先まで体をスキャンしてみてほしい。
するといくつか不快な感覚があることに気づくだろう。
一番不快なものを探してみよう。
例えば喉の奥の詰まったような感覚、胃がぎゅっと締め付けられる感じ、涙が溢れる感覚など。
次にその感覚に注意を向ける。
新しい現象を発見した科学者のように、好奇心をもってその部分を観察しよう。
引用元:p.126『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
ステップ2:息を吹き込む
感覚の内部や周囲に息を吹き込む。
まず何回か深い呼吸をしてみよう(できるだけゆっくりする) 。
息を吐くとき肺を完全にからっぽにしよう。
ゆっくりとした深い呼吸をすることが重要だ。
それは身体の緊張を緩める。
感情を追い払うことはできないが、深い呼吸は体の中に穏やかな中心点を作るだろう。
引用元:p.126『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
ステップ3:感覚の居場所を作ってやる
感覚の内部や周囲に息を吹き込むというのは、体の中に更なるスペースを作るようなものだ。
その感覚の周囲にスペースを作ってやり、それが自由に動き回るための場所を開けてやる。
引用元:p.127『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
ステップ4:容認する
たとえそれが好ましいものでなくても、 感覚の存在を容認してやる。
別の言い方をすれば「あるがままにさせる」ということだ。
忘れてはいけないのは、感覚を排除したり変えようとししたりしないことだ。
それが自身で変わるのであれば問題ない。 変わらなければそれもよし。
変えたり追い払ったりするのは目的ではない。
感覚と戦うのを完全に止めるまで、数秒から数分間、それに集中する時間が必要かもしれない。
辛抱強くなろう。
必要なだけ時間をかけよう。
このスキルはあなたにとって価値あるものなのだ。
引用元:p.127『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
この4つのステップを始める前に、何か不快な感情を呼び起こすと良いとされています。
最近起こった嫌な出来事、今感じているストレスなどを思い出し、それを糸口に、4つのステップをふみます。
不快な感情とともに起こるカラダの感覚ごと、ゆっくりと受け入れていきます。
③接続
ACT第3の原則は、「接続」です。
「接続」とは、あなたの「今・ここ」体験にフルに集中すること、この瞬間に起こっていることと完全につながることだ。
接続の練習では、自分を過去や未来から「今・ここ」に引き戻す。
引用元:p.152『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
「今・ここ」につながる方法はいくつかあります。
方法1:環境につながる
方法2:体につながる
方法3:呼吸につながる
方法1:環境につながる
自分の取り囲む環境に注意を向けよう。
見えるもの、聞こえるもの、感触、味、匂いなど、あらゆるものに注意を払おう。
温度はどうだろうか?
空気は動いているか止まっているか?
どんな種類の光が、どこから来ているだろうか。
方法2:体につながる
体とつながってみよう。
膝と腕、背骨の位置などに注意を向けよう。
頭の中、胸、腕、腹、膝の感覚に注意を向けよう。
方法3:呼吸につながる
呼吸につながってみよう。胸郭が上がったり下がったりするのに意識を向け、鼻孔を空気が行き来するのを感じてみよう。
引用元:p.157『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
「今・ここ」への気づきを養うことで、過去の後悔、未来への不安、無益な思考や妄想にとらわれない心の状態をつくり上げていきます。
④観察する自己
ACT第4の原則は、「観察する自己」に注目することです。
ACTは、「自己」には2種類あると考えます。
「思考する自己」と「観察する自己」です。
「思考する自己」は、計画、判断、比較、創造、想像、視覚化、分析、記憶、空想、夢想などを担当する。
一般的な言葉で言えば「マインド(認知的能力)」だ。
観察する自己は思考する自己とは根本的に違うものだ。
観察する自己は、何かに気づきはするが考えはしない。
観察する自己は集中、注目、気づきなどを司る。
それは思考に注意を向け、観察することはできるが、思考を生み出すことはできない。
引用元:pp.80-81『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
これだけでは少しわかりにくいので、本書で紹介されている具体例を取り上げて説明します。
例えば、あなたが今テニスをしているとします。
こちらに飛んでくるボールに釘づけになり、プレイに集中しています。
この間、働いているのは「観察する自己」です。
ボールを観察しているだけで、ボールについて考えているわけではありません。
しかし、しだいに「ラケットの握りはこれで良かったかな?」「ここで良いショットを打たなくちゃ」「おっと、これは速いボールだな」などと、思考がよぎります。
このとき、「思考する自己」がはたらきます。
「思考する自己」のはたらきが大きくなりすぎると、目の前のボールへの集中がおろそかになってしまいます。
ACTでは、「思考する自己」と「観察する自己」の2つを区別することを重視します。
「思考する自己」を悪いものと決めつける必要はありませんが、それが生み出すものがいつも正しいとは限りません。
「思考する自己」と距離をとったところに「観察する自己」がいることを忘れてはなりません。
⑤価値の確認
ACT第5の原則は、「価値の確認」です。
これは、「自分の人生においてどんなものに価値をおくかを確認すること」です。
私たちの多くは、毎日型にはまった行動をくりかえして生きています。
たまにはそうした日常の視点を離れ、人生全体を俯瞰して眺めることも必要です。
☑️自分はどのような人生を望んでいるか
☑️どんな人間になりたいのか
☑️もし自分がお金や時間にもっと自由であったら、何がしたいか
これを確認するための、おすすめのエクササイズがあります。
自分が八十歳になったつもりで、人生を今日1日の出来事のように振り返ってみよう。
そして次の文章を完成させよう。
・私は、◯◯を恐れることにあまりに多くの時間を費やしすぎた。
・私は、◯◯のようなことにほとんど時間を使わずにきた。
・もし時を戻せるなら、 今までやらなかったことで、 何をするだろうか。
引用元:pp.207-208『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
これを行うことで、人生で実現したい価値のための行動と、現実に自分が毎日行っている行動のギャップに気づくことができます。
⑥目標に向かっての行動
ACT第6の原則は、「目標に向かっての行動」です。
前段で、自分の人生において重視したい価値が明らかになりました。
それを踏まえ、実際の行動に移していきます。
5つのステップを踏みます。
ステップ1:価値を書き出してみる
ステップ2:小さくて簡単な目標を設定する
ステップ3:短期の目標を設定する
ステップ4:中期の目標を設定する
ステップ5:長期の目標を設定する
ステップ1:価値を書き出してみる
あなたが働きかける分野と価値について簡単な説明を書いてほしい。
具体例をあげてみましょう。
私は今までの人生で、仕事に忙殺され、自分自身のメンタルケアをおろそかにしてきた。
これからは、自分のメンタルを大切にするために必要な学問(例えば心理学)を人生を通して学んでいきたい。
これが、自分の人生で大切にしたい「価値」になります。
ステップ2:小さくて簡単な目標を設定する
自分に「私の価値に沿った最も小さい、簡単な行動は何だろう?」と尋ねてみよう。
今すぐできる小さくて簡単な目標からはじめ、徐々に自信を積み上げていくのは非常に良いやり方だ。
例えば、以下のような感じです。
毎日の通勤電車。今はスマホで音楽を聞いたり、ゲームをするだけで終わっていて、有効活用できていない。
その中でも1日10分だけ時間をとり、心理学の本を読む。
このように、今すぐにでも始められる小さな目標をたてます。
ステップ3:短期の目標を設定する
「価値に一致する小さな行動で、私が次の数日間、数週間続けられることは何か?」
ここでも細かな部分まで決めよう。
どんな行動をするか?いつどこでそれをするか?
今週末は、カルチャーセンターの心理学講座に、単発で申し込んでみる。
このように、数日〜1週間単位でできる目標を決めます。
ステップ4:中期の目標を設定する
「私を自分の価値に導く、数週間から数か月をかけて行う、より大きい挑戦は何だろうか?」
細かな点まで決めよう。
例えば、こんな感じ。
最初は1か月に1回でもいいから、心理学で学んだことや自分の体験をブログや Youtube動画 などにまとめ、発信してみる。
ステップ5:長期の目標を設定する
「自分を価値の方向に導く、今後数年間の大きな挑戦は何にすべきか?」
ここは思い切って大胆に考えるべきだ。
次の数年間に達成したいことは何か?
五年後どこに居たいだろうか?
引用元:pp.223-224『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけないーマインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス・ハリス著、筑摩書房、2015年
例えば、以下のようになります。
必要な資格を取り、心理学をテーマにブログ記事や動画の投稿、カウンセリングなどオンラインでビジネスを始める。
5年後までに生活に困らない程度の収入にまで成長させ、今の会社をやめる。
ここは大きな夢を描いて良いと思います。
実現不可能な目標を立てるのも問題ですが、5〜10年後の長期目標ですから、あまり小さくなりすぎない方が良いです。
おわりに
以上、アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)の6つの基本原則を見てきました。
簡単にまとめると、以下のようになります。
①脱フュージョン |
「思考」と「現実」を分離する |
②受容 |
不快な感覚や感情をありのままに受け入れる |
③接続 |
過去や未来ではなく「今ここ」につながる |
④観察する自己 |
「思考する自己」と「観察する自己」を区別する |
⑤価値の確認 |
自分の人生において重要な価値を確認する |
⑥目標に向かっての行動 |
価値に基づき行動に移す(小さな一歩から) |
ACTは、人を幸福に導くためのメソッドです。
ただ、本のタイトル『幸福になりたければ幸福になろうとしてはいけない』ということばに表れているように、ネガティブ感情を無理に押さえたり、強引なポジティブ思考によって幸福を追求していくようなものではありません。
今のありのままの自分を認めることからスタートします。
感情のコントロールを手放した上で、人生を見つめ直し、できるところから小さく行動を積み重ねていくことで、人生を変えていく手法です。
興味を持たれた方は、同書をじっくり読まれると良いと思います。
本エントリは、ACTの概略を解説したにすぎません。
同書には、本エントリで紹介した以外にも数多くの役に立つのエクササイズが載っていますし、エクササイズがうまくできなかったときの対処法なども細かく解説され、役立つ情報がぎゅっと詰まった1冊になっています。
幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない: マインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門 (単行本)
- 作者: ラスハリス,岩下慶一
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2015/12/17
- メディア: 単行本
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ぜひ参考にしていただければと思います。
パオ