心理学、脳科学から見た「慈悲の瞑想」の驚くべき効果とは?
自分や他者の幸せを願う「慈悲の瞑想」。正直、怪しさはありますが、メンタルに大きな効果があることが科学的にも明らかになっています。心理学や脳科学の視点から、慈悲の瞑想のもつ驚くべき効果について解説します。
はじめに
自分や他者の幸せを願う「慈悲の瞑想」。
私が幸せでありますように
私の親しい人が幸せでありますように
私の嫌いな人が幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
このようなフレーズを、ひたすら心の中でくりかえしていく瞑想法です。
これ、人によっては、
幸せを願うフレーズを唱えるなんて、怪しい宗教儀式のよう
上から目線だし、偽善者みたい
などと思う方も、少なくないと思います。
しかし、あなどるなかれ。
この慈悲の瞑想、メンタルに大きな効果を及ぼすことが科学的に明らかになっているのです。
このエントリでは、最近の心理学や脳科学の研究から明らかになった、慈悲の瞑想の驚くべき効果について解説します。
なお、慈悲の瞑想を実際に始めてみたいという方は、以下のエントリをあわせてご参照ください。
初心者でも簡単に始められる慈悲の瞑想の具体的なやり方や、取り組む際に知っておいた方がいいことを「完全ガイド」としてまとめています。
効果①:愛情深くなる
慈悲の瞑想の効果としてまず取り上げたいのは、「思いやり」や「愛情」といった他者に対するポジティブな感情が活性化するということです。
慈悲の瞑想を7週間行うと、肯定的感情、社会的つながりの感覚が高まり、自尊心や主観的幸福感が高まる。
さらに、同じ研究で頻繁に他者とのつながりを経験した人ほど、迷走神経の緊張の上昇度も高いことが明らかにされている。
迷走神経は、思いやりの神経とも呼ばれ、誰かの良心を感じたときや、感動した時に緊張が高まり、主観的には胸が温かく広がっていくような感覚を生じさせ、 恐怖や不安を低減させる働きがある。
したがって、慈悲の瞑想の効果は脳神経レベルでの裏付けがあるといえる。
引用元:「マインドフルネス -基礎と実践-」貝谷久宣・熊野宏昭・越川房子著、日本評論社、2016年。以下同じ。
慈悲の瞑想を行うことで、他者とのふれあいの中で、思いやりを感じやすくなるような心の状態ができるのですね。
慈悲の瞑想が脳神経活動に与える影響については、fMRIを用いた研究によって明らかにされています。
fMRIとは、脳内の活動状況を、画像で見ることのできる機械です。
6時間の慈悲の瞑想のトレーニング後に、思いやりを歓喜するビデオ視聴をすると、愛情に関わる部位として知られる右内側前頭眼窩皮質(rmOFC)を活性化しやすくなることが明らかにされている。
また、慈悲の瞑想を1日2時間以上かつ5年以上行った熟練者は、1週間行っただけの初心者よりも、他人の幸せな顔を見たときに左前帯状回皮質(IACC)が活性化されやすく、初心者では活性化されない右下前頭回(rIFG)、右楔前部(rPrecuneus)が活性化されるという知見もある。
左前帯状回皮質は感情喚起、下前頭回は感情制御、楔前部はエピソード記憶と自己処理に関わっている部位である。
それぞれの機能から解釈すると、慈悲の瞑想の実践を積むことで、他者の幸せから肯定的感情を経験し、自分の記憶と照らし合わせながら共有できるうようになることを示唆する結果といえる。
一方、他者の悲しい顔をみたときには、熟練者は初心者に比べて左中前頭回(lMFG)、左尾状核(lCaudate)が活性化されやすく、さらにその2箇所が活性化された程度と否定的感情の強さは負の相関を示した。
尾状核は感情喚起、中前頭回は認知機能や感情制御に関わっており、熟練者においては両方が活性化されることは瞑想の訓練によって否定的感情を経験しても制御できるようになることを示唆している。
論文なので難しい表現がされていますが、結論はシンプルです。
要するに、慈悲の瞑想の熟練者は、他人の幸せそうな表情を見たときには、共感して自分も同じように幸せを感じやすく、
他人の悲しそうな表情を見たときは、あまり影響されずに冷静のままでいられる傾向が強かったということです。
例えば、定食屋さんで、向かいのテーブルに座っている人がご飯を美味しそうに食べているとします。
あるいは、温泉で、知らないおじいさんがお湯につかって幸せそうな顔をしているとします。
赤の他人でも、幸せそうな表情を見て、「なんか自分までほっこりして、幸せ」と感じる。
慈悲の瞑想の実践を積んでいくと、そのような共感や思いやりの力が育まれていくというわけですね。
効果②:アンチエイジング
次に紹介したいのは、「アンチエイジング効果」、つまり細胞の老化を防ぎ、若さを維持するというものです。
慈悲の瞑想に、そんな効果があるなんて、にわかには信じ難いかもしれません。
ただ、脳科学の分野では以下のような報告があります。
慈悲の瞑想の効果は、DNAの末端構造であるテロメアにも及ぶことが知られている。
慈悲の瞑想を4年以上毎日か、3日間リトリート(瞑想センターでの集中トレーニング)を1度以上経験したことのある人は、瞑想の経験がない人よりも、テロメアが長いことが明らかにされている。
テロメアが短くなることは、細胞の老化と関わっているとされており、慈悲の瞑想が長生きに関係する可能性を示唆している。
これが本当だとしたら、慈悲の瞑想、おそるべしという感じです。
ただ、この効果は女性のみで、男性には認められていないそうです。
女性のみなさんには、特におすすめですね。
効果③:メンタル疾患の症状改善
次に、うつ病などのメンタル疾患の症状改善効果についてです。
慈悲の瞑想に限った話ではなく、一般的な瞑想やマインドフルネスの手法が、近年ではさまざまなメンタル疾患の治療へ応用が進んでいるところではあります。
ただ、慈悲の瞑想単独でも、その効果は報告されています。
慈悲の瞑想のみを実施した治療効果については、統合失調症、心的外傷後ストレス障害、うつ病について報告されている。
ジョンソンらは、6週間の慈悲の瞑想を統合失調症の外来患者に適用し、肯定的感情とコントロール感、主観的幸福感が増大し、統合失調症の症状が改善することを示している。
いずれ指標も効果量が0.80以上あり、統制条件はないものの、慈悲の瞑想に大きな効果があることを示している。
カーニィは、 PTSDの診断基準を満たす退役軍人を対象に12週の慈悲の瞑想を実施し、セルフコンパッション、マインドフルネスが向上し、PTSD 症状が大きく改善したことを報告している。
ホフマンらは、カーニィとほぼ同様のプロトコルをアメリカとドイツの持続性抑うつ障害患者に適用した。
(中略)
12週のプログラムの結果、喜びや愛を含む肯定的感情が増大し、否定的感情が大きく減少した。
とくに反すうについては、認知的介入を行わなかったが大きく減少し、それに伴う形でうつ症状も大幅に減じられた。
ドイツでは9週のプログラムが実施されたが、アメリカと同様に肯定的感情を増大させ、否定的感情とうつ症状を減少させた。
驚くべき報告といえます。
幻覚や妄想などの症状で知られる統合失調症、深刻な心の傷(トラウマ)を受けたあと強い精神的苦痛が続く心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、深刻な心の病に対しても、慈悲の瞑想はある程度効果を発揮したということになります。
特に抑うつ症状に関しては、大幅な改善が認められているらしく、大きな効果が期待できるのだそうです。
おわりに
慈悲の瞑想には、少なくとも、
①愛情深くなる
②アンチエイジング
③メンタル疾患の症状改善
の効果があることがわかりました。
これだけ科学的根拠(エビデンス)が列挙されると、慈悲の瞑想は、心の万能薬のように思えるかもしれません。
ただ、慈悲の瞑想を含む瞑想やマインドフルネスの臨床への応用は、まだまだ始まったばかり。
科学的根拠を知ることは有益ではありますが、期待のしすぎは禁物です。
私自身も経験がありますが、過度な期待をもって瞑想を始めてしまうと、しばらくして、
あれ、すごい効果があるはずなのに、おかしいな
ぜんぜんメンタルが良くならない、自分は瞑想が下手なのかな
と、期待が失望に変わってしまいます。
失望は、かえってメンタルを悪化させることもあります。
慈悲の瞑想の可能性に期待を寄せつつも、ルーティンワークとしてたんたんと生活に取り入れるくらいが良いと思います。
参考になれば嬉しいです。
パオ