結局、「好きなことで生きていく」って、どういうこと?
サラリーマン vs フリーランス論争に終止符を!国家公務員をやめてブロガーになった私が思う、「好きなことで生きていく」の本当の意味とは?
- サラリーマン vs フリーランス論争とは?
- サラリーマン vs フリーランス論争にあまり意味はない
- 食べていく方法はいくらでもある
- ではなぜ私は、フリーランスになったのか?
- 自己実現願望のある人、ない人
- 成功しなくても、「好きなこと」とともに死ねるか
サラリーマン vs フリーランス論争とは?
ネット上では、サラリーマン vs フリーランス 論争が盛んですね。
一部のインフルエンサーが
☑️サラリーマン、オワコンだよ!
☑️会社の歯車になって一生働くのはやめた方がいいよ!
☑️これからはフリーランスとしてネットで稼いでいかないといけない時代だよ!
☑️自分の好きなことをコンテンツにして、十分食べていけるよ!
という強烈なメッセージを発し続けています。
一方、これに対して、サラリーマンの一部からは、
☑️いやいやサラリーマンにも良さがあるでしょ!
☑️みんながフリーランスになったら世の中成り立たないでしょ!
☑️サラリーマンしつつ副業で稼げばいいでしょ!
と応戦します。
この論争、みなさんはどのように見ていますか?
サラリーマン vs フリーランス論争にあまり意味はない
「サラリーマンvsフリーランス論争」にあまり意味はない。
— パオ@瞑想ブロガー/公開2か月で約1万PV (@PaoElephant) January 30, 2019
どちらかが正解ということはない。
人による。
サラリーマンに向いている人は、サラリーマンを続けるのが正解。
フリーランスに向いているのにサラリーマンをしている人は、早く独立するのが正解。
それだけのことだと思います🧐
私は、この「サラリーマン vs フリーランス 論争」に、あまり本質的な意味はないと思っています。
なぜなら、「人による」からです。
サラリーマンに向いている人は、サラリーマンを続けるのがいいと思います。
フリーランスに向いている人は、さっさとサラリーマンをやめて独立した方がいいと思います。
当たり前です。
インフルエンサーの一部が、「サラリーマン、オワコン」と言うのは、それを言うことがビジネスになっているからです。
彼らは非常に頭が切れる方たちなので、そんなことわかりきっています。
フリーランスに向いているのにサラリーマンをやっている人は、彼らの発信から学び、フリーランスに早くなった方が良いに決まっています。
でも、サラリーマンに向いている人というのも、一定数いますから、そのままサラリーマンを続けるのが正解です。
ですから、人によります。ある意味、どちらも正解です。
この論争に、あまり意味はないのです。
食べていく方法はいくらでもある
「これからの時代を生きるにあたり、サラリーマンとフリーランス、どちらが正解か?」という問いに、あまり意味はありません。
どちらも、メリットとデメリットがあるだけです。
ようは、手段は何であれ、食べていければそれで良いのです。
フリーランスになるのは、選択肢のひとつにすぎません。
社畜をしていて、毎日がつらいなら、転職という選択肢もあります。
今いる会社に未来を感じないということなら、副業して複数の収入源を得れば良いです。
そもそも働いたりお金を稼ぐことが苦手なら、パートナーを見つけて扶養に入ってしまえば良いです。
男性だからといって稼がなければいけないという決まりなんて、どこにもありません。
家事や子育てをして、働く奥さんを支えればいいのです。
いざとなったら、生活保護を受けるという手もあります。
もちろん、食べていくのは楽ではないですし、どんな方法をとったとしても、それなりの苦労はあります。
ただ、フリーランスになるのが必ずしも正解というわけではありません。
食べていく方法はいくらでもあります。
フリーランスは、あくまで選択肢のひとつです。
ではなぜ私は、フリーランスになったのか?
フリーランスが正解とは限らない!
とさんざん強調してきた私ですが。
私自身のことを言えば、国家公務員という身分を捨て、ブロガーになった身です。
まさに、「好きなことで生きていく」ために、フリーランスになった側の人間です。
妻と子ども2人がいる身で、経済的安定を捨てました。
なぜ、私は、フリーランスになったのか?
☑️サラリーマンがオワコンだから。
☑️これからは個人がネットで稼ぐ時代だから。
そんな理由ではありません。
というか、「お金」が理由ではないのです。
私には、「これをやらないと死ねない!」というハッキリしたものがあったからです。
自己実現願望のようなものです。
みなさんには、「これをやらないと死ねない!」というものはありますか?
自己実現願望のある人、ない人
ネット上では、個性的なカラーを出して才能を発揮し、成功している人がけっこう目立っています。
でも、リアルではどうでしょうか?
今通っている学校、職場、地域社会で、自己実現願望を持っている人というのは、どれくらいいますか?
必ずしも多くないと思います。少なくとも私の印象では。
わりとみなさんが関心を持っているのは、経済的な安定だったり、職場や家族の人間関係だったり、子供のことだったり、健康問題だったり、余暇の過ごし方だったり。
もっと身のまわりのことですよね。
身のまわりのことにしか興味がないから、ダメだといっているわけではありません。
自己実現願望がないから、意識が低くでダメだとか、つまらない人間だとか、そんな風には全く思いません。
自己実現願望なんて、持っている方が特殊だと思います。
ただ、私にはそれがあったのですね。
「これをやらないと、おれの人生終われない!!」って、なってしまっているのです。
成功しなくても、「好きなこと」とともに死ねるか
私にとって「好きなことで生きていく」とは、「好きなこととともに死ねる」ということ
— パオ@瞑想ブロガー/公開2か月で約1万PV (@PaoElephant) January 30, 2019
成功できなくても、お金が稼げるようにならなかったとしても、
死ぬときに「あのとき挑戦してよかった」と思えること
そこまでしてやりたいことがないなら、脱サラなどしない方が良い🧐#好きなことで生きていく
私にとって、「好きなことで生きる」というのは、「好きなこととともに死ねる」ということです。
それで成功できなくても、それでお金が稼げるようにならなかったとしても、死ぬときに「あのとき挑戦してよかった」と思えるかどうかです。
私にとって、「好きなことで生きる」というのは、究極的には、お金とは関係ないのですね。
私は、20代の頃は、自分がやりたいことがわからず、経済的な安定を重視して国家公務員になるという選択をしました。
6年間、一生懸命仕事をしてみましたが、働いているうちに、それが自分の人生をかけて取り組むものではないということに気がつきました。
自分の人生をかけて取り組むことが他にあることに気がつきました。
瞑想やマインドフルネスというものを学び、実践し、それを発信するということでした。
ですから、一歩を踏み出すことができました。
私にとっては、「サラリーマン vs フリーランス論争」は、どうでもいいです。
サラリーマンがオワコンであるとか、これからは個人が稼ぐ時代であるかということは、大きな問題ではないのですね。
ネット社会になり、個人で稼ぐことが昔より容易になっていることは事実ですが、それでも、まだまだ大変なことに変わりはありません。
「好きなこととともに死ねるか」
この一点で考えてみると、もしかしたら、フリーランスになるべきか否かが、わかるかもしれません。
パオ